榎本義法(えのもとよしのり)公式WEBサイト

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榎本 義法
えのもとよしのり
〒370-2343
群馬県富岡市七日市947
TEL/FAX:0274-63-4923
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文行忠信

 

榎本義法個人のページ。市長の公式な立場は市のHPで。

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知的生活の方法
2020-05-24
『知的生活の方法』 渡部昇一
 
人間のみがなしうる生活が知的生活なのである。

「人間も動物と共通点がある以上、比較的に知から遠い面も生活にはある。それもけっして軽視することのできない重要なものなのであるが、そのほかに、どうしても知的生活の時間を加えてゆきたい。これが、とりもなおさず、生活の人間化ということなのである。」
 
私がせまくてもいいから書斎をもうけたいと思ったのは、渡部氏の影響である。
この著書以外にも多く生き方を考えさせられる著書がある。
今回、著者の思想については触れないが、私に書斎を与えてくれた人である。
 
生前に、講演前の控室でそのお話をさせていただき名刺交換をさせていただいたことがあった。
その際、お礼状がすぐに届いたときにはビックリした。遥かに私より多忙な方がすぐに手紙を送ってくれることは感動もの。
時間の使い方が徹底しているのであると思った。
 
しかし、氏は息抜きや飲酒を否定されていない。
それも必要な時間と・・・。
 
この本の中に私の心に突き刺さると言葉がある。
「あなたは繰り返して読む本を何冊ぐらい持っているだろうか。それはどんな本だろうか。それがわかれば、あなたがどんな人かよくわかる。しかしあなたの本に古典がないならば、あなたはいくら本を広く、多く読んでも私は読書家とは考えたくない。」
果たして繰り返し読む本が何冊あるだろうか?
 
もちろん時々広げてみる本はある。すべてではないにしろ読み返す本となると・・・。
最近、読書中に過去に詠んだ本の話題があることがある、その時書棚からその本を探す。
これが書棚の良さ、魅力。
本棚に最終的に残る本がいい本の気がする。
その点では、もっと整理できると思っている。
 
乱読のセレンディピティ
2020-05-24
乱読のセレンディピティ 外山滋比古
 
(2014,7月の話)
最近、読書について考えている。
実は読書会を開こうと考えているからだ。
来週にはそのファシリテーター養成講座を受講予定である。
 
本を読む人間が好きである。
しかし、自分もそうであるがその読書を人生の中でいかに生かす?すなわち実践に結びつけるかが課題なのである。
 
この本には読書は生きる力を育むことと・・・。
そしてタイトルにもあるように乱読を推奨。
というか読書は乱読で良いと著者の考えを明らかにしている。
セレンディピティとは、思いがけないことを発見する能力
これが乱読の魅力らしい。
 
私の読書量が乱読にあたるかどうかはわからないが、本は読む方であろう。
それにしても読書論を読むなんて不思議かもしれないが、もっと読書の魅力があるのではないか? と探しているのかもしれない。
実は書店でもう一冊読書論を購入。
読書論の本は他にも本棚に沢山あるのだが(笑)
 
もう一冊も受講までに読了のつもりであるが、読書会で読みたい本を選ばなければならない。
これが結構難題。
どんな人がどんな本を読みたいかつかめない。
そんなことは気にせず選ぶしかないのだろうが、正直一抹の不安もある。
最近気になっている本を持っていくつもりであるが・・・。
 
おしゃべりが高度な知的活動と書いてある。読書会もみんなで意見を交わすことに効能があるのだとすれば少人数(適度な人数)が良いのかもしれない。さまざまな知識を入れるだけでなくそこから新たな思考や発想というものに結びつけていかなければ読書の効能はないのだと思う。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
読書会しばらく続けてみたが、市長になって休止中。
やり方はいろいろあるのだろうけど。
まあ、なんでも読めばいいんだよね。人も本も縁で広がっていくから。
 
『民主主義の源流 古代アテネの実験』
2020-05-24
『民主主義の源流 古代アテネの実験』橋場 弦
 
民主主義を生んだ古代アテネの話。
 
アテネの民主政発展の起動力となったモチーフはなんであるか。あえて言えば、それは「参加(パーティシペーション)」と「責任(アカウンタビリティ)」であったと。
 
できるだけ多くの民衆の参加は政治のアマチュアリズム。
「参加」の原則が市民たちを政治へといざなう呼び声であった。
 
政治家や役人の公的責任を、一般市民が苛烈なまでに追求し、その所在を明らかにし、彼らの行為に不正があれば容赦なく裁きの場に引き出し、処罰しようとする力も、常に民主制を動かしてきた。
 
現代の参加と責任はどうだろうか?
選挙へ行かず投票さえしない人、また一度投票したあと選ばれた人のその後のフォローさえしていないのではないか?
民主政の本質は何か?
民主政の確立のために様々な試行(悲惨な弾劾も含めて)があってたどり着いたのは、法(ノモス)を民会決議(プセフィスマ)とは厳密に区別し、そして前者が後者に対して優位にあることを明確に確認した。法の支配によって安定した統制のとれた統治を実現した。
成文法主義、基本法の最優位、法の下の平等という原則がこのころ確立している。
 
どこかの国のように時の政権によって法の解釈が変わるのはいかがなものか?
改憲手続きはハードルが高くていいと思うが、全く変える必要がないと盲目的に叫ぶのもどうかと思う。
 
このころ役人になるには専門技能や適性以前に、まず民主政アテネの市民としての適格性を問われた。現代はどうなのであろうか?市民としての適格性とは結局は人間性ということだろう。
古代ギリシアの市民は、あらゆる方面にバランスよく、しかもそこそこに能力を発揮することが、民主政を支える市民としてふさわしい生き方だと考えていたのだそうだ。
 
ペリクレスの有名な葬送演説に次の一文があるそうだ。
「われらのポリス全体はギリシアが追うべき理想の顕現であり、われら一人一人の市民は、人生の広い諸活動に通暁し、自由人の品位を持し、己の知性の円熟を期することができると思う。」
 
解説にはかなり厳しいことが並ぶので控えるが、それだけ責任が求められているし、責任を果たしてこそ、初めて自主独立の自由があるということですね。
 
投票率
2020-05-24
投票率
 
どうして投票率は下がり続けるのでしょうか?
 
私は日本が恵まれているからだと思っていました。
投票に行かなくても何も変わらないし、誰を選んでも生活は変わらないという理由だと・・。
 
データとすれば少し古いかもしれませんが、OECD加盟国の中でも1945年~2005年の投票率の低下が一番高い国はわが国。一方、デンマークやスウェーデンは、逆に上がっている。それだけではなく最初から高い。北欧各国は先進自由民主主義の中で最も高いと票率を実現している。
 
最初に選挙権を得たときに投票にいくか行かないかがその後の投票行動に大きく影響をしている。
 
アメリカなど社会の底辺に追いやられた層ほど、公式的な政治に参加する程度が低い。逆に教育的水準が高い人が本来もっと政治的活動をしてもいいのだが、逆に公式的な政治参加は減っているのが現状。
 
投票率は低いが民主主義への評価は高い。日本も92%近くの数字である。
 
昔チャーチルは、「民主主義は最悪の政治体制である。ただし今まで試行されてきたすべての政治体制をのぞき。」と言ったそうだが、民主主義の体制は評価しつつも選挙には行かない人が増え続けているという事実。
 
政治学者丸山眞男は、民主主義が民衆の活発な関与によって担われるためには、「どうしても国民の生活条件自体が社会的に保証され、手から口への生活にもっとゆとりが出来るということが根本だということにならざるをえません。」と言ったが、北欧の国の投票率と関連があるように思った。
 
そして丸山は幅広い意味での労働組合活動の重要性を言っていたが、長時間労働や失業の恐怖からなかなか難しいこともあげている。
なぜ、投票率が上がらないのか?もしかしたら非正規社員(会計年度任用職員)が増えて同じ会社の中でも立場が違う人がともに活動することもままならないと想像できる。北欧のように税金も高いが福祉も充実している。充実しているということは逆に関心も高まるのかもしれない。
 
日本のように借金(借金と言わに方もいる)が積みあがっていくばかりで、先への不安はつのるばかり。そして低負担中福祉という国家と国民の関係性が政治への関心を下げてしまっているのかも?
 
そして若い人は年金なんてもらえないと思っている人も多いのではないか?先行きへ不安を通り越してあきらめが、政治への無関心低投票率につながっているのでは?と思った。
 
誤解があっては困るし、良い悪いではなく、なぜ投票率は下がり続けるかを純粋に考えてみただけ。投票率が下がっても自由主義で低負担低福祉という自己責任を主張する人があってもそれは自由だ。でも投票率は上がらなくなるのかな?と予想される。
 
 
参照書籍
「政治はなぜ嫌われるのか」 コリン・ヘイ 岩波書店
「政治の世界」丸山眞男 岩波文庫
 
長の資質
2020-05-24
長の資質
 
1、先を見る力
2、情報を集める力
3、その情報を分析判断する力
4、問題点解決の選択肢から一つを選択する決断力
5、それを実行する実行力
6、生身の人間が行うことだから健康・体力
 
つまり陋習(ろうしゅう)を打ち破り、新しい価値を創造し、その中からよいものを残していく指導力を持ったリーダーが望まれますね。
 
そして明治維新を推進したリーダーたちは皆、下級武士。
かれらは天下を取ってやろうと野心を抱いてクーデターを起こしたのではなく、自分の最善を尽くしていく中で明治維新が成し遂げられていったわけです。
今日本各地にいるそれぞれが、一念を持ちその場で全力を尽くすことが、やがて国家をも動かしていくということを、維新のリーダーたちは教えてくれていると思うのです。
                           童門冬二(月刊致知2014年6月号)
 

本棚の前の机

本棚の前の机
 

写真の書斎のタイトルについて

写真の書斎のタイトルについて
 
「本棚の前の机」の由来
思えば読書というものは贅沢な話だ。
新しい、または古くからの友人や先生が、いつでも傍らにいてくれ、私の知らぬ創造の世界を開いてみせてくれる。
しかも彼らは決して死なないのだ。「本棚の前の椅子 福原麟太郎」
 
ここからいただいて、椅子を机に代えた。(笑)
 
書斎の写真や本棚も少し前の写真です。整理できなく横積みが増えてしまっています。
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