榎本義法(えのもとよしのり)公式WEBサイト

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榎本 義法
えのもとよしのり
〒370-2343
群馬県富岡市七日市947
TEL/FAX:0274-63-4923
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文行忠信

 

榎本義法個人のページ。市長の公式な立場は市のHPで。

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昭和史
2020-08-15
昭和史 中村隆英
 
令和2年8月15日、今日は群馬県戦没者追悼式に参列し献花する予定だったのだが、前日に中止が決定された。新型コロナ感染症対策でもともと規模も大幅に縮小して開催するということだったので、中止の決定にはビックリした。
全国戦没者追悼式の中継を見て黙とうをした。
 
この日に戦闘行為が集結したわけではない。ソ連軍は満州国、樺太、千島に攻め込み戦闘は続いた。
 
過日から上巻を再読していた。
上巻の最終章に東条英機のついての記述がある。
『少年時代から軍人教育を受けてきた彼の視野はあまりにも狭く、健全な良識を備えた人物であったかははなはだ疑問である。
敗戦時の侍従長であった藤田尚徳は次のように回想する。敗戦直前の一九四五年(賞は二十年)、久しぶりに参内した東条の顔を見た藤田は、父兄として長男の東京帝大における卒業式に列席したことを想起した。このとき東条は、首相として式辞を述べた。その大要は、「人は卒業の席次によってその将来を決するのではない。要は長じて社会に出てからの人格の陶冶である。卒業に際して凡庸の評があっても、後に大成した人は少ないが、いずれも後年、修養に努めた結果である。」と、それまでは当を得た式辞であった。ところが、その後に、「その好例がかくいう東条である。余は幼にして凡中の凡人であったが・・・」と、東条首相は自画自賛をつづけた。』
父兄ばかりか学生たちも失笑していたそうだ。
 
『このような人物を首相にいただかなければならなかったことは、当時の日本の不幸であったが、同時にこのような軍部勢力の台頭を統御しえなかった政治機構の欠陥を痛感せざるをえない。太平洋戦争はおそらく避けられたものであったが、軍部とこれに結びついた官僚の政策決定が戦争をもたらしたことは否定できないからである。』
 
東条さんには厳しい評価だ、このことについてどうのこうのではなく。
やはり政治機構の欠陥が問題である。
 
75年間平和な社会が続いていることには本当に感謝しかないし、これを続けていくことが日本国民の使命だと思う。だからこそまっとうな政治をしなければならない。
このことを我が身へ戒めとして刻み終戦から75年の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」8月15日とする。
 
ちなみに、半藤一利の「昭和史」も書棚に並んでます。
 
思考の整理学
2020-08-08
5月20日の乱読のセレンディピティに次いで2冊目の紹介。
 
著者がお亡くなりになられたとのこと。この本を紹介しないわけにはいかないと勝手に思ったので。
謹んで哀悼の意を表しご冥福をお祈りいたします。
 
思考の整理学 外山滋比古
 
学校はグライダー人間の訓練所。飛行機人間は作らない。
受動的に知識を得るのがグライダー人間。自分でものごとを発明、発見するのが飛行機人間と。
 
ギリシャ人が人類史上最も輝かしい文化の基礎を築き得たのも、かれらにすぐれた問題作成の力があり、“なぜ”を問うことができたからだといわれる。
 
創造性がやかましく言われるようになったのは、グライダー人間があふれているから。
 
思考については、寝させるほど大切なことはない。思考を生み出すにも、寝させるのが必須であると。これは、誰もが経験があるのではないかと思う。
 
「思考の整理には、平面的で量的なまとめではなく、立体的、質的な統合を考えなくてはならない。この本で、着想の醗酵などについて、ことにくわしく考えてきたのは、この点を考えたからである。これを思考の純化と言いかえることもできる。」
 
この本でかつて赤線を引いて、時に挨拶でも使ったことがあるのが「時の試練」のタイトルの章。
「島田清次郎は大正の文学青年から見て、まさに天才であった。それを疑うものはすくなくなかった。それがどうであろう。僅か六十年にして、ほぼ、完全に忘れられてしまった。当時としては、むしろ、夏目漱石の文学について疑問をいだくものが多かった。批判もすくなくなかった。それがいまでは国民文学として、近代文学においても比肩しうるものなしと言われるまでになっている。(中略)時が経てば、たとえ微少でも、風化がおこる。細部が欠落して、新しい性格をおびるようになる―――これが古典化の過程である。原稿のときとまったく同じ意味をもったままで古典になったという作品は、古今東西、かつてなかったはずである。かならず、時のふるいにかけられて、落ちるものは落ちて行く。」
文学作品だけではないと思う。つくづく思うのがいろいろな団体の活動、最初の設立の趣旨、活動の実態、本当に残るものは残ると思う。普遍的な古典化した活動として。
 
忘れる、すてるということを思考の整理としてあげている。
「たえず、在庫の知識を再点検して、すこしずつ慎重に、臨時的なものをすてて行く。やがて、不易の知識のみが残るようになれば、その時の知識は、それ自体が力になりうるはずである。
 
論文のとにかく書いてみるは納得。
大学院時代に論文の構想発表があるが、構想だけで書きだしていない人は、結局2年間で書けない。とある教授がよく言われていた2年間で書けない人はだめ。年限を守るということが第一だと話されていたことは忘れない。2年で論文を書けなかった人達を近くでみてきた。その後のことは知らないのだが。
 
ことわざについて。
どこの国においても、おびただしい数のことわざがあるのは、文字を用いない時代から、人間の思考の整理法は進んでいたことを物語る。
 
そんなことでいくつかことわざを選んで今の自分の立場からコメントして終わりにする。
・災害は忘れたころにやってくる
これは常に頭に入れておかないといけない。
 
・天知る地知る我知る人知る
これからもクリーンに生涯にわたって恥ずかしくない政治を。
 
・綸言汗の如し
これは常に緊張感をもって言葉を選んでいかないと。
 
 
 
大統領のリーダーシップ
2020-08-05
大統領のリーダーシップ    ジョセフ・ナイ
 
T・ルーズベルト
タフト
ウイルソン
F・ルーズベルト
トルーマン
アイゼンハワー
レーガン
ブッシュ(父)
8人の通信簿
 
オバマも出て来る。
2014年10月発行。

外交政策の最大の問題は状況の複雑さであり、リーダーは国際システム全体におよぶ影響だけでなく、複数の社会の内政の複雑さも理解しなければならない。この追加の複雑さゆえに、アリストテレスの中庸の徳―――過剰と不足を避けること―――が特別な重要性を持つのである。
 
21世紀のアメリカの役割に関する課題は、お粗末に定義された「衰退」という問題ではなく、状況把握の知性を磨いて、世界最大の国でさえ他国の助けがなければ己の望む結果を実現できないということを理解することだ。このグローバル情報時代の環境で国民がそれを理解してうまくやっていくようにするために、国民を教育することが、大統領のリーダーシップのもっとも重要な課題になるだろう。
 
この帯が利くね。
パフォーマンスより状況把握の知性を磨け!
 
最高指導者の条件
2020-08-01
最高指導者の条件 李登輝
 
改めて読み直してみた。
別の本は、台湾にサインをお願いておいてきたもの。
おこがましいお願いをしたものだ。
今の立場で参考になる言葉がとてもたくさん。
 
周囲の人が冷ややかな目で見るなか、政治家の仕事とは一方で泥を飲みながら、もう一方でそれを吐き出すようなものである。いつまでも潔白でいるのは、天に昇るより難しい。それでも原則を堅持するよう努力しなければならない。実践すれば、「薄情だ」と批判されるかもしれない。それでも厳正な姿勢で臨まなければ、理想的な政治を進めることはできないのである。
 
一つのことを決断する際、「私がいない場合、私以外の人たちが最も良い方法を採用するとすれば、どうなるだろうか」と考えるのである。
 
賢人たちの名著を通じて形而上学的な世界を彷徨い、思索し、苦悩呻吟しながら精神的成長を遂げていった。
 
「勇気」と同時に、対で求められるのが「心の平静さ」である。緩急あるなかで、いかに心を落ち着けた状態を保てるか。これが適切な判断を下さす基にもなる。
 
指導者は、中央にいて官僚から上がってくる意見で判断すべきではない。現場での生の情報に接し、迅速に決断することが求められるのである。
 
もともと真の意味における「個人主義」とは、個々の人間が相手のことを思いやりながら調和のとれた社会生活を送ることであり、みずからのことしか考えない「自分勝手主義」とは似て非なるものである。
皆に理解してもらえない言葉は使わない
 
指導者たる人々は、もっと自信をもって、自らの意志で決断と語ってもよいのではないだろうか。目の前にあることを一つずつ誠実に、自己の良心と信念だけに基づいて着実にあり抜く。結局、それ以外にはないのである。
人を動かす指導者は、誠実さをもって相手に接することが求められるのである。
 
政治家が心しなくてはならないのは、問題に直面したとき「直線で考えない」ということだ。目的地へ辿り着くための直線を引くことをやめ、最短距離を見つけようとはせず、むしろ回り道を見つけ出そうと務める。ことに目標が大きければ大きいほど、迂回作戦が必要であり、直線的な発想は慎む必要がある。
 
精神修養の重要性をも強調したい。現在の日本社会を見たとき、指導者に求められる精神修養が軽視されているのを感じる。合理的な発想からすれば、「知識」や「能力」さえあればよいのかもしれない。だが、人間は、それほど簡単なものではない。
 
政治家は時に能力や利害を無視できなければならない。そのためには大きく太く、物事を把握しなければならない。それがあって初めて大局観が持てるし、洞察力も生まれるのだ。大事なのは、現実の社会を見据え、その問題をはっきり認識し、「日本をよくしたい」という信念をもって積極的に社会に問い掛けることである。
 
「政治改革や行政改革を行えば、この国はよくなる」。その確固たる信念や哲学をもっていれば、どんな困難を排してもやり遂げるという決意も固まる。それが、「いまやるべきことを、断固としてやり抜く」という行動力にもつながるのである。
 
昭和16年夏の敗戦
2020-07-30
昭和16年夏の敗戦 猪瀬直樹
 
なぜ昭和16年なのか?もちろんこの本のポイントはそこにある。
「失敗の本質」(前回紹介)とこの本は日本軍の意思決定の問題を浮き彫りにしている。
戦後75年、未読の方にはこの機会にどうぞ。
 
昭和15年10月「総力戦研究所 勅令をもって公布される 内閣直属機関として発足」
 
研究生は官民各層から有為な青年を抜擢したもので、向こう一年間研究所で、武力戦、思想戦、経済戦、国内政策、対外戦略など国家総力戦実行上の必要な訓練を受けことに。
 
総力戦研究所研究生が模擬内閣を組織し、日米戦日本必敗の結論に辿り着いたのは昭和16年8月のこと。これがタイトルに。
 
この模擬内閣が今日評価されるとしたら、彼らが事態を曇りない眼で見抜き予測した点にある。その予測を可能にしたのはタテ割り行政の閉塞性をとりはらって集められた各種のデータであり彼らの真摯な討議であったと。
 
しかしその成果は生かされることはなく「日米戦日本必敗」という結論が密かに三十五人の胸の内にしまいこまれた。
なぜ生かされることがなかったのか、当時の政治、軍部などを追ったのがこの本の内容。
お勧めです。
 

本棚の前の机

本棚の前の机
 

写真の書斎のタイトルについて

写真の書斎のタイトルについて
 
「本棚の前の机」の由来
思えば読書というものは贅沢な話だ。
新しい、または古くからの友人や先生が、いつでも傍らにいてくれ、私の知らぬ創造の世界を開いてみせてくれる。
しかも彼らは決して死なないのだ。「本棚の前の椅子 福原麟太郎」
 
ここからいただいて、椅子を机に代えた。(笑)
 
書斎の写真や本棚も少し前の写真です。整理できなく横積みが増えてしまっています。
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